朝井リョウ「正欲」を読んで②ーー繋がろうとすること

朝井リョウ「正欲」を読んで①ーー多様性というおめでたさ…の備忘録的記録の続きです。

繋がろうとすること

大学生の神戸八重子は大学のミスコンを廃止して,繫がることをテーマにダイバーシティフェスを開催する。そこで,諸里大也が女性を性的対象と見ていないことに気づき,彼を同性愛者だと勘違いした。そして彼の家にまで押し掛けて「話せばラクになることもあるかもしれないし…一人じゃなくて二人なら,トラウマとか,抱えてるもの,乗り越えていけるかもしれないし」「色んなことを一緒に考えて行ったらさ,根幹だと思っていたものが,枝葉になったりしないかな」と手を差し伸べる。しかし,大也の悩みは特殊性欲なのである。

八重子のように突然に一方的に家にまで押し掛けるわけではないものの,そして「乗り越えていけるかも」とまでは明示しないにしても,彼女の言っていることはいかにもセラピストが口にしそうなことだと思った。

私も心を傷つけるのはもう一つの心だとも思うが,心を修復するのももう一つの心だと考えているし,心は一つでは生きられないとも思っている。

しかし,大也は心の中で「そもそも,お前みたいな人間にわかってもらおうなんてこっちは端から思っていない。(中略)他者を理解しようとするな」「関わってくるな」と呟き,「無理だと思う」「何から話していいかも分からない」と八重子を強く拒む。

誰と繋がるのか

家庭や職場,学校で何かトラブルが起きた時,親や上司,先生から「どうして相談してくれなかったのか」と言われたことはないだろうか。そんな時,大抵は「相談できるような関係ではなかったからこそこうなっているのに,この人は何を言ってるのか」と思うことが多い。「何かあったらいつでも相談してね」とニッコリ言われても,「万が一相談することがあっても,あなたではない」と思うこともある。
誰に相談するのか,誰と繋がりたいかと言えば,分かってくれそうな相手であって,誰でも良いわけではないのだ。そう思うと,大也の八重子への激しい非難は当然とも言える。

セーフティーネットとなるのは人との繋がり

同じ特殊性欲を持つ佳道と夏月は「自殺禁止」を二人のルールとして繋がった。そして,最後は互いに「いなくならないこと」を伝えようとする。繋がっておくことを相手に伝えようとしているのである。

さらに佳道と夏月は繋がりを作って,線を十字に,それを交差して「網」にしようとした。その網に大也も参加する。それは単に性欲を満たすためだけではなく,繋がるためだった。大也が繋がる相手として選んだのは,目の前にいる八重子ではなく,同じ性欲を持つ未知の人たちだった。

佳道たちが作ろうとした網とは,まさに生き延びるための「セーフティーネット」である。人は人と繋がっておらず,不安だったり孤独を感じていたりするとき,死との距離が近くなる。人が明日も生きることを支えるのは,人との繋がりであることは,マイノリティ側にいても同じなのだ。

異なるもの同士は繋がれないのか

しかし,佳道と夏月が繋がることを決めた際のルールのもうひとつは,お互いの特殊性欲を他人に口外しないことであった。これは誰にも理解されない世界の中でひっそりと暮らしてきたためであろうが,やはり彼らが繋がる相手として選ぶのは同じ特殊性欲を持つ人たちだった。

互いに異なる私たちは繋がれないのか。その答えは小説の中にはまだない。

みんな不安

異なるもの同士でも繋がれるのではないかということへの希望の一つは,佳道が途中で気づくように,「まとも」とされるマジョリティも不安を感じている,ということではないだろうか。
彼の言うように,マジョリティの人たちですら不安だから,自分たちがマジョリティであることを確信するための沢山の確認行為をし,明日死なないでいるために,街に明日を生きるためのメッセージを撒き散らして網を貼っているのである。
記憶に新しいところでは,東日本大震災のとき,コロナ禍で,人は絆や繋がりの大切を声高に確認し合った。そもそも,人はストレスに晒されると脳内ホルモンが繫がりや絆を求めるよう人を動かすらしい。生物学的にそのように規定されている。

控えめな提案

だとすれば,みんな不安なんだということを共通点として彼らと繋がれないのだろうか。
しかし,これはまた前の記事で書いた「多様性のおめでたさ」に話が舞い戻り,「結局,あなたは何もわかっていない。俺の不安をお前のくだらない不安と一緒にしてくれるな,そんなもんじゃないんだ!」という大也の怒りと叫びに糾弾されてしまいそうでもある。

大也に拒まれた八重子はひとまず,「あなたが抱えているものを理解したいとか思うのはやめる。ただ,人とは違うものを抱えながら生きていくってことについては,きっともっと話し合えることがあるよ」「もっと繋がって,もっと一緒に考えたい」と伝える。

先日,草彅剛さん主演の「ミッドナイトスワン」を観た。トランスジェンダーをテーマにした物語だったが,やはりマイノリティの方々の抱える葛藤はそう生易しいものではない様子が生々しく描かれていたのを思い出すと,「理解しあうこと」はそう簡単ではなさそうでもある。

私としては八重子ほど,熱くは伝えられないけれど,とにかく現時点では,「もう少し考えてみるから」「ちょっと考えさせてほしい」と時間稼ぎをさせてほしい。そして,同時に「できれば,一緒にそれをさせてもらえると嬉しいんだけれど」と控えめな提案をしておきたい。

そして,このことを忘れないでいるために,考える素材,スタートになりそうな部分をこうやって備忘録的に羅列してみたわけである。

「③心を理解するということ」につづく