人を信じる力ーー基本的信頼感の獲得

今日は人を信じること,信頼する力はどのようにして獲得されるのかということについて少し書いてみたいと思いました。

発達課題としての「基本的信頼感の獲得」

自分や他者を信じる力というのはどこから生まれてくるかご存じですか?
心理学の世界では,発達心理学者でもあり,精神分析家でもあるエリック・エリクソンの有名な考え方があります。エリクソンは,人が生きていく中で,その時期に応じた心の発達上の課題があるということを主張した人で,「アイデンティティ」という概念についての研究をたくさん行った人です。
そのエリクソンの発達課題の中で,生後一年の人間の心の課題は「基本的信頼感の獲得」とされています。この基本的信頼感というのは,二つの意味があって,それらはまず自分に対する信頼感,そして他者・世界に対する信頼感を築くことを指しています。

基本的信頼感はどうやって獲得するのでしょうか

これはどのように養われるのか,獲得されるのかと言えば,おっぱいを飲むことを通した母親との関わりの中で為されます。赤ちゃんは自分が泣けば,どこかからおっぱいや哺乳瓶が出てきて,自分の空腹が緩和され,不快な感覚が消えていく,という一連の流れを体験します。
この体験を日に何度も,何十回,何百回,何千回と積み重ねていくことで,まずひとつ,赤ん坊は,「自分は生きていくに値する存在なんだ!」という感覚の種になるような体験となります。
そしてもう一つ,自分が泣けば,自分の空腹を満たしてくれる人がいること,そういう世界があることに対して,赤ちゃんは「この世界は生きるに値する」「この世界は自分を助けてくれると信じてもいい」という世界,他者に対する信頼感を築くのです。
生後一年間,赤ちゃんが空腹を我慢できるある程度のタイミングの幅の中で授乳がされていれば,赤ちゃんはこの自分への,そして他者・世界への信頼感を築くことができるのです。
もう少し広げて言えば,人は母親を中心とする家族の中で,安心・安全に見守られながら育っていくことで,この感覚を育てていくとも言えます。

自分や他者を信じることができないと…

自分を信用できないと,たとえば,新しいことにチャレンジするとき,なかなか勇気が出ません。自己評価が低くなり,「どうせ自分なんて」「自分なんか」とマイナスな考え方にも陥りやすくなります。
また,他者を信用できず,疑ってばかりだと,まず疲れますし,人に何かを頼むこともできず,なんでも自分で抱え込みがちになったりもしますし,人間関係がうまく進みません。
この文章を読んでくださっている皆さんは,生後一年で獲得する「基本的」信頼感はある程度育っていると思われますが,もしかしたら,その後の人生のなんらかの出来事で,どこかのタイミングで自分を信じられなくなってしまうような体験をしてしまったり,人を信用できないような残念な経験をしてしまったりして,自分,または他者のことが信用できなくなっているのかもしれません。しかし,自分も他者も世界もそこまで信用できないものでもない…と思えるようになれれば,もう少し世界は生きやすくなります。

世界は生きるに値する,そして貴方にも価値がある

ジブリの宮崎駿氏が,以前インタビューで「私は世界は生きるに値するということを映画で伝えたい」と答えておられるのを見たことがあります。絶望の淵にいる人にはそんな風に思うことは難しかったりもします。そういうときもあるかもしれません。当然,世界にはいろいろ思い通りにならないことがありますし,いえ,思い通りになることの方が少ないくらいですから,落ち込む日もあれば,腹が立つことも頻繁にあります。それでも私はまだ自分のことや,世界のことを信用しています。考え方次第で,自分の動き方次第で,何とかなるという余地が人生には十分あると感じています。
あなたがそんな風に思えなくなっているとしたら,私は心理療法というものを通して,皆さまと共有出来るようになればいいなと思っています。