考えること,そして書くこと――HP作成の経緯

(追記 : この記事は2020年に現在のHPの前身となるサイト作成時のものです)

ビオンの「考えることの理論」Theory of thought

精神分析では,ビオンによれば,空腹/不快を感じた時に,空腹を満たしてくれる/快を与えてくれる乳房の存在があれば,乳房の現実と赤ん坊の前概念/空の思考/先験的知識が出会って「概念」が生まれる。乳房の不在のとき,前概念が欲求不満が出会うと「思考」が発生する。この原始的な思考thoughtは,それを考えることthinkingを求め,考えるための装置を発達させる。コンテインドがコンテイナーの活動を求め,刺激するのだと。これがビオンの「考えること」の理論の中核である。

コンテイナー,コンテインド,thinkingの装置とthought

そして,クラインの再早期の乳児の心的発達の定式化では,よい乳房と悪い乳房に分裂しているとされる。しかし,ビオンによると,そこで思考(コンテインド)によって,考えるための装置(コンテイナー)の発達が促されると,「悪い乳房がある」のではなく,「ない乳房がある」there is no-breastと考えられるようになり,思考の連接が生じる。つまり,この悪い乳房がいた場所を「乳房はないんだ!」と分かるようになる。また,悪い乳房がいた場所に,心的空間が生まれ,そこで自由に考えることthinkingが可能となる,とする。コンテインドがコンテイナーの活動/考えることを促進して,それによって「乳房の不在」という思考の連接が生じるというもの。

HP作成に至った経緯

さて,実はこのサイトは,共に精神分析を学ぶ友のお奨め,お誘いもあり,自分もそろそろ考えていることを文章にしてみよう,書いてみようという気持ちで作り始めたものである。ちなみに,その友と一緒に参加する貴重な研究会では,「臨床経験を慎重,かつ緻密に省察し,自照するため」に,論文作成を奨励されている。それは,先生の言葉をその著書からお借りすると,「こころという主観的な経験を集積した知識と感情の集合体に,自らの心で関わるが故に,その経験を改めて精密に吟味することが不可欠な作業」であり,その方法のひとつが論文を「書くこと」だからである。重要なのは,発表ではなく,作成過程における訓練であり,それが臨床力向上のための好機であるとも書かれている。さらに,良い文章を書くには,たくさんの小説を「読むこと」だとも仰っていた。

ここのところ,さぼり気味だが,しばらくの間,私も毎年のように学会発表をしていた。発表すること,省察してみることで,伝えることを絞らなければならないという発表の制約と,力不足故,一部の側面しか切り取れず,実際の臨床とは非なるものになってしまうことの苦痛を感じる一方で,見えてくるもの,得るものも多いことを経験的に学びもした。

まずはコンテイナーから

しかし,実際,改めてこうやってサイトを開いてみると,大してものを考えてない自分に唖然とした。「考えること」を続けるだから,このサイトは,ビオン先生の言うように,コンテインドがコンテイナーを求めたのではなく,どちらかというと考える場所・空間(コンテイナー)の提供,考えたことを貯蔵しておく場所を作ることで,「考える」を進めていこう!ということになった(ワインセラー買ってからワインを買い始める感じ?飲めないから分からないけれど…)。まずはコンテイナーから。

書くことはやっぱり面白い!

そしてこの文章を書いていたら,考えたことを著書として書き残し,積み上げてくれた沢山の先人,いま,直接学ぶことのできる師匠,共に学ぶ同志,読んでくれる人たち,画像どっちがいいと思う?に付き合ってくれた家族,メタ情報消したほうがいいよ!と教えてくれるWebの師匠…と沢山の人々に支えられているんだなあってことも改めて認識したりして,やっぱり書くことは大事だし,面白い。