過去は未来に繋がっている

とある街の,とある喫茶店のとある座席,その座席に座ると,その席に座っている間だけ,望んだとおりの時間に,移動ができる。そして,過去にこの喫茶店を訪れたことのある人限定ではあるけれど,その人に会える。
但し,その席は移動できないし,コーヒーを注いでもらってから冷めるまでの時間に限る・・・という都市伝説。
これは,小説「コーヒーが冷めないうちに」(川口敏和著)のお話である。

小説に出てくる何人かの各章の主人公の三人は,それぞれ過去に戻って,会いたい人に会う。
既に別れた恋人,いまは認知症になってしまった夫,既に亡くなってしまった妹,はたまた,もう一人は,なんと,未来の娘に会いに行く。今回は未来に行くパターンは別として,過去に行った三人のお話に注目したい。このタイムスリップに関して,最も厳しいルールは「過去に戻ってどんな努力をしても,現実は変わらない」というところ。ここがミソ。

主人公たちは過去に戻って,相手と話をする。知らなかったことを知ること,過去の真実を理解することで,それまでの現実,つまり過去は変わらなくても,未来が大きく変わる…っていうお話。これは,精神分析的心理療法が目指していることにとても近い気がする。

電車の車内釣りでは「4回泣ける」と謳われていたが,まさにその通り。この記事を書こうと思って,さらさらっと車内で読み直すも,やっぱり泣けてきた。1回だけど。

もちろん,これは小説,しかもファンタジー小説であり,心理療法ではそこまで劇的に,しかも短時間にこんなことが起きるわけではないけれど,それでも,日々やっていることのニュアンスを感じられるな素敵な小説である。