『マスクが外せない』思春期の心理とは?コロナ後に増えた「見られる不安」を精神分析で読み解く
コロナが落ち着いてきた今でも,「マスクを外すのがこわい」と感じている中高生は少なくありません。「人前でごはんを食べるのが苦手」という事例も増えています。そんなお子さんの様子に戸惑いや心配を感じている保護者の方も多いのではないでしょうか。
この背景には,コロナ禍の長いマスク生活に加えて,思春期特有の繊細な心の動きが隠れています。今回は,その心理を精神分析的な視点から考えてみましょう。
思春期とマスク生活――心理的防衛としてのマスク
今の中高生にとって,思春期とマスク生活はほぼ同時に始まりました。長く続いたマスクの日々は,単に感染予防という側面だけでなく,心理的な安心感をもたらし,ある意味で「自分を守ってくれるもの」になっていたと言えるでしょう。
マスクを外すという行為は,単に「鼻や口を見せる」ということだけでなく,「自分でもまだつかみきれていない自分自身」を人に見せることでもあります。特に思春期は,自己意識が高まり,他者の視線が気になる時期です。顔は,表情やまなざし,肌の状態など,多くの情報を伝え,言葉よりも雄弁に気持ちや状態を表してしまう,いわば「こころの入り口」のような場所です。コロナ禍という予測不能な状況下で,顔の一部を覆うマスクは,不安定な自我を守り,他者の評価から身を置くための,身近で手軽な「保護壁」のような役割を果たしてきたと考えられます。
思春期における「見られること」への不安
精神分析家ジョン・シュタイナーは次のように述べています。
「見られることで,自尊心,賛美されるという感覚,露出的な衝動の満足を得られることもある。しかし,決まりの悪さ,恥,屈辱という極端に不快な感情が結果として生じることがある」
また,見られることによる屈辱体験には独特な耐え難さがあるため,人はこの体験を回避しようと様々な防衛を試みるということも指摘されています。
思春期の子どもたちは,ただでさえ自分に自信が持てなかったり,「今の自分ってこれでいいのかな?」という揺らぎの中にいます。そうした状況で「見られること」は,ときに自己そのものが問い直されるような,不安で恥ずかしい体験であるとも言えそうです。
「会食恐怖」の増加|マスク生活が生んだ新たな不安
「人前で食べるのが苦手」という相談も増えています。最近では「会食恐怖」と呼ばれることもありますが,これはコロナ禍のマスク生活と直接関連しています。
長期間にわたってマスクで口元を隠す生活を送ってきた結果,食事の場面で口元が丸見えになる状況への不安が強まっているのです。常にマスクによって守られていた「顔の半分」が突然露出することの違和感と緊張は,思春期特有の「見られることへの過敏さ」と相まって,大きな不安を生み出しています。
さらに食べるという行為には,「生きたい」「ほしい」といった欲望や感情が自然に表れるものです。自分の欲望や感情が人目に晒されていると感じれば,それを見せることに抵抗を感じるのも当然といえるでしょう。
精神分析から見る「見られる」ことへの不安と防衛メカニズム
精神分析的に見ると,「見られること」が引き起こす不安は,しばしば自我を脅かす体験として受け取られます。視線は,自分の内部,心への侵入と感じられたりもするのです。
特に,自分の内部にある未分化な感情や欲望が,他者の視線に晒されてしまうように感じられるとき,その不安は強くなります。
「見られることの不安」への防衛としては次のようなものが挙げられます。
- 過度に自己を隠そうとする回避的な態度
- 見られることに過敏に反応し「完璧に振る舞おう」とする
- 強迫的なコントロール 他者の視線を「嘲笑」や「批判」として過剰に感じ取り,防衛的に攻撃的になる
マスクの着用は,こうした心理的防衛の物理的な現れの一つと捉えることができます。顔の一部を隠すことで,「見られる」という状況そのものへの不安を軽減したり,「どのように見られているか」をある程度コントロールできるという感覚をもたらしたりするのです。これは,精神分析でいう”万能感”や”自己イメージの管理”とも関連しています。つまり,マスクを外すことに抵抗があるのは,他者から見られることをどう受け止め,どう防衛するかという心の構造と深く関わっているのです。
思春期の不安定な自己像とマスクによる「自己の演出」の心理
思春期は,自己像(セルフ・イメージ)がまだ流動的で不安定な時期です。子どもから大人への移行期にあたり,「本当の自分とは何か」「他者は自分をどう見るのか」といった問いが強く意識されます。
この段階では,まだ自他の境界が未分化な状態にあるため,他者の視線による評価をそのまま取り込んでしまうこともよくあることです。そのために視線に対する過敏さや不安が高まるのです。
そのような状況でマスクは,「見られる自己像」のコントロールを可能にする「道具」として機能しました。顔の一部を隠すことで,自己像を一定の枠にとどめ,他者の評価から自分を守ることができます。 逆にいえば,マスクがなければ,見せたくない自己や未分化な部分が人目に晒されてしまうこととなり,余計に不安が強くなるともいえるでしょう。
「マスクを外せない」思春期の子どもへの理解と対応
「マスクを外せない」「人前で食べられない」といった思春期の子どもたちの困りごとは,一見すると些細なことのように思えるかもしれません。しかしその背後には,見られることに対する深い不安と,それに対処しようとするこころの複雑な働きがあります。
これは単なる性格や恥ずかしがり屋といった個性の問題ではなく,思春期という発達段階における自我の構造,自己像の不安定さ,そして他者との関係性の中での防衛のあり方に深く関係しています。
こうした心の動きは,マスクという日常的な行為の中に,思春期に特有の自己像と他者の視線との繊細な関係性を映し出しています。見られること,見せること。その間にある葛藤を丁寧に理解することで,「マスクを外せない」という現象の背後にある思春期のこころの成り立ちをより深く知ることができるのです。
保護者ができるサポート|思春期の「マスク依存」への対応法
お子さんが「マスクを外したくない」と言うとき,その背後にある心の不安や葛藤を理解し,尊重することが大切です。
具体的な対応として以下のポイントを心がけましょう:
- 焦らない,急かさない – お子さんのペースを尊重する
- 共感的な態度で接する – 不安や恐れを理解しようとする姿勢を示す
- 安心できる環境づくりを心がける
- 必要に応じて専門家のサポートを検討する
焦らずにゆっくりと見守りながら,安心できる環境を整えていくことで,お子さんは徐々に自分のペースで変化していくことができるでしょう。
「マスクを外す・外さない」その選択の奥にある,思春期特有の繊細なこころの動きを,あたたかく見守っていけたら──きっと子どもたちは,自分の力で少しずつ世界との距離を測り直していくはずです。
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