「操作的思考」la pensée opératoire
ピエール・マルティ(Pierre Marty)とミシェル・ド・ミュザン(Michel de M’Uzan) による1963年の論文「la pensée opératoire(操作的思考)」の要約覚書。この論文は,「操作的思考」という概念を定義し,それが精神分析の理論においてどのような位置を占めるかを明らかにしたものである。これは,精神分析的心理療法や心身医学の領域で極めて重要な論文である。「作業的思考」という概念は,Bionが描いた「思考の生成」モデルに対して,その対極に位置する「思考の空洞化・機能停止」モデルとも言えるのではないかと思われる。
🌿背景
- ミシェル・ファン(Michel Fain)とクリスチャン・ダヴィッド(Christian David)が「夢の機能」を統合的プロセスとして捉えた「夢の二重過程の理論の研究」を発展させて書かれたものである。彼らによれば,夢過程は「身体に深刻な混乱を引き起こすリスクのある」力を結びつけることによって有機体を保護する。
- マルティとミュザンは,その「夢の機能」=「心的統合の働き」が欠如している人たち,特に心身症(psychosomatoses)患者において,空想活動(activité phantasmatique)が貧困であることに注目し,そうしたときに現れる,行為と密着した,現実的・具体的な思考が優勢な思考様式を「操作的思考(pensée opératoire)」として記述した。
🌿 「思考の型」としての「操作的思考 pensée opératoire」
定義:
意識的な思考の一種であるものの,空想的活動(phantasmatique)と有機的なつながりを欠き,
行為と密接に結びつき,それを「伴走」または「なぞる」ような思考。
感情的・象徴的意味づけを欠き,機能的で,目的志向的な思考。
特徴:
- 空想的・象徴的次元の欠如:夢や内的世界のドラマ化がなく,言葉が感情や欲動を媒介しない。
- 行為と並行する思考:思考が行為を「説明」するにとどまり,意味づけや内省を伴わない。
- 時間の狭さと具体性:過去や未来を想起することはなく,「今・ここ」の事実の連なりだけを語る。
- 感情・関係の「空白」:治療者との関係も,単なる機能的接触にとどまり,単純に自分の症状を委ねる相手でしかなく,「白い関係 relation blanche」と呼べる無感情な様相,情動のない関係を呈する。
- 価値判断が「評価(barème)」に置き換えられ,象徴性を欠く。
- 超自我的ではあるが,その同一化は表層的・形式的。
🌿 臨床例
臨床例として,車の断熱材の取り付け方を延々と説明する青年の面接が示される。彼は父との競争的文脈を語っているにもかかわらず,語りは作業の手順にのみ集中し,感情的・象徴的意味づけがまったくなされない。思考は行為にぴったり貼りつき,「語り」ではなく「作業の反復」として機能している。このような思考は,しばしば擬似的な現実適応や形式的な道徳遵守(規則との表面的同一化)を伴うが,内面的には空虚で,他者を自分と同じ思考装置をもつ存在としてしか把握しない。したがって,深い関係性や内的同一化が成立しにくい。
- 患者の語りは,行為(例:車の屋根に断熱材を取り付ける)をなぞるように展開する。
- 父親との競争関係というテーマが背後にあるにもかかわらず,象徴的・感情的な elaboration(心的展開)は起きない。
- 言語が「意味を作る」のではなく,単に「行為を再現する」だけに留まる。「二重化」が起きているだけで,変容 transformや象徴化symbolizeがない状態である。
- この「思考」は自由度を欠き,主体に「課せられた」ような強迫的性格を持つ。
🌿 心的構造的な位置づけ
- 一見すると「二次過程」に近い(現実志向・因果的思考など)。
- 実際には象徴化能力や感情的備給(カセクシス)が極端に乏しい。
- 言語が欲動的エネルギーを「保留する」能力を失っており,単なる緊張放出の手段となっている。その点では二次過程の成熟した形態とは言えない。一次過程との接続が断たれた,退行的で貧困な思考様式と位置づけられる。
- しかし,無意識と完全に断絶しているとはいえず,無意識の接触は「最も低次の水準」にとどまる。
- 操作的思考にはスペクトラムがある。
🌿 まとめ
- 操作的思考は「防衛的機能」を果たす。
欲動や情動を空想化・夢化できない代わりに,「行動」や「身体症状」を通じて処理する。 - 心身症においては,空想機能の欠如 → 操作的思考の優位 → 身体症状の出現という連鎖が考えられる。
- 作業的思考において,対象は「生きた他者」としてではなく,単なる記号や外的データとして扱われ,感情的関与を伴った対象関係は形成されない。
- 作業的思考は思考の一形態ではあるものの,象徴的・空想的な内面世界と断絶した「行動を繰り返しただけ(doublage de l’action)の(低次の)思考」であり,感情や無意識的・象徴的意味などを有することはない。
- このような思考しかできない状態は,心的経済の面から見れば,空想・象徴化の営みがどれほど重要であるかを逆説的に示している。
文献:
Pierre Marty et Michel de M’Uzan, 1963. La « pensée opératoire », Revue française de psychanalyse, t. XXVII, n° spécial, « XXIIIe Congrès des psychanalystes de langues romanes », p. 345-356
ピエール・マルティ(Pierre Marty, 1918年–1993年)は,フランスの医師・精神分析家です。
パリ精神分析協会(SPP)の会員として活動し,ミシェル・ド・ミュザン,クリスチャン・ダヴィッドらとともにパリ・サイコソマティック学校(IPSO)を創設した。
精神身体医学(サイコソマティック)の領域において,身体疾患を「心的統合の障害」という観点から理論化し,心身症に特有の思考様式として「操作的思考(pensée opératoire)」の概念を提示した。
空想機能や象徴化の水準と身体症状との関係を体系的に位置づけ,フランス精神分析における心身症理論の枠組みを確立した人物である。
ミシェル・ド・ミュザン(Michel de M’Uzan, 1921年–2018年)は,フランスの神経精神科医・精神分析家です。パリ精神分析協会(SPP)の精神分析研究所所長を務め,パリ・サイコソマティック学校(IPSO)の創設メンバーとしても知られている。
精神身体医学の分野では,心的過程の失調がどのように身体現象として現れるのかを,臨床的かつ動的に記述し,「操作的思考」や主体の内的体験の貧困さを具体的な臨床像として描き出した。
理論化にとどまらず,患者の語りや治療関係の質に即して,心身症的心性を精緻に表現した点に特徴があります。


