精神分析におけるヒステリー概念

精神分析の世界でよく使われる「ヒステリー」という概念,ヒステリーというのは強いストレスや無意識の心の葛藤が,身体の機能障害(痛みやしびれ,はきけなど)や記憶の喪失や解離症状(自分が自分であるという感じがしないなど)となって表れるのが特徴ですが,今回はこのヒステリー概念について,自分の備忘録もかねて少し整理をしておきたいと思います。

歴史的背景

19世紀末のフロイトとブロイアーは,当時の医学で説明できない心因性の転換症状や解離症状が生じる患者群に注目し,このような臨床像をまとめて「ヒステリー」と呼びました。これらの共通点は,器質的な損傷は見当たらないにも関わらず,無意識の心的過程が身体や意識に現れるという点でした。

フロイトが「ヒステリー研究」(1895)で記述したのは,ヒステリー症状の中心的原因は,性的欲望や性的トラウマの抑圧であること,症状を語りのなかで想起し,感情を解放(アブリアクション/カタルシス)することで症状が改善する,という発見でした。

臨床的特徴

ヒステリーの臨床的特徴は次のようなものとされます。

  • 身体に出れば「転換」(例えば手足の麻痺,失明,発声障害,けいれん)が生じる
  • 記憶や意識に出れば「解離」(健忘,特定の出来事の想起不能,人格の分裂のような体験など)が生じる
  • 感情の表出が激しく,対人関係における劇的な振る舞いが見られることもある

また,症状の形態はより広く,痛み,消化器症状,倦怠感などにまで及びます。

現代の診断との関連

現代のDSMにおいては,ヒステリーという診断名は使われず,

  • 身体症状は転換症(転換性障害)や身体症状症および関連症群身体表現性障害),
  • 心的症状は解離症群/解離性障害群解離性障害)    として分類される。

いずれも「無意識的葛藤が身体を通じて表現される」という点で共通しており,精神分析の視点では,歴史的に「ヒステリー」という一つの大きな範疇に含まれます。

ヒステリーに関するフロイトの理論の発展

フロイトのヒステリー理論は以下の主要著作を通じて発展しました(Freud, 1895, 1900, 1905, 1916-1917)。

■ 1895年『ヒステリー研究』1
 ・ヒステリーの原因を性的トラウマの抑圧に求める
 ・カタルシス法による治療を提唱

■ 1900年『夢の解釈2
 ・無意識の理解が深化
 ・性的要素以外の心理的欲求(愛着・嫉妬・攻撃性)も重視

■ 1905年『性理論三篇』3
 ・幼児期の性衝動を詳細に分析
 ・性的葛藤の重要性を再確認しつつ、心理的葛藤全般にも注目

■ 1910年代以降『神経症の諸類型4
 ・ヒステリー・強迫神経症・不安神経症の比較研究
 ・ヒステリー症状は性的葛藤に限定されず、無意識の葛藤全般の表現として理解

「構造」と「病態水準」の二軸の捉え方

精神分析では,病的な心の状態を次の二つの軸で理解することがあります。これは特にカーンバーグ(Kernberg, 1975)5が体系化した理論的枠組みです。

  1. パーソナリティの構造
    • カーンバーグは,不安のあり方や対人関係のパターン,無意識の葛藤をどのように扱うかといった心の在り方を「構造」と呼んだ
      • ヒステリー構造」
      • 「強迫神経症構造」
      • 「精神病構造」       
  2. 病態水準(心的構造の水準)
    • 一方,病態水準は,現実検討力や自我の安定性の程度によってカーンバーグが3つに分類したものである。
      この表は病態水準とパーソナリティ構造の関係をまとめたものです。
水準自我の特徴現実検討典型的な構造・臨床像
神経症水準自我は統合されており,内外の区別が明確保たれているヒステリー構造
強迫神経症構造
ボーダーライン水準神経症的な自我のまとまりを示すが,原始的防衛により不安定基本的には保たれるが,
状況により動揺
ヒステリー的境界例
強迫的境界例
精神病水準自我の統合が損なわれ,
自己体験が分裂・崩壊しやすい
妄想・幻覚などにより破綻精神病的症状を呈する各種構造※
※精神病水準では,精神病構造だけでなく,ヒステリー構造や強迫神経症構造が一時的に精神病的状態に退行した場合も含まれる。現実検討の破綻という症状は共通するが,背景にある基本的なパーソナリティ構造(精神病構造,ヒステリー構造の退行、強迫構造の退行など)により,症状の意味や治療的アプローチが大きく異なる。このため,基盤となる構造を見極めることは予後や治療方針の決定において重要である。

ヒステリー的境界例/ヒステリー的精神病

本来,ヒステリーと呼ばれるパーソナリティ構造の人は神経症水準とされるのですが,ヒステリー構造の人でも,極度のストレスや病的状態で一時的に精神病水準に達することがあります。その時に,現代の精神分析臨床や臨床心理学に,ヒステリー的境界例,ヒステリー的精神病という表現があります。これについては下記のとおりです。

ヒステリー的境界例

神経症水準のヒステリー構造のパーソナリティが基盤にあるが,ストレスや病態によって一時的に境界例水準の不安定さ・原始的防衛を示す場合や,時折精神病水準に落ちる場合にこのような表現が使われます。

ヒステリー的精神病

より急性・重度の精神病症状が出た場合,精神病水準に完全に落ち込み,妄想・幻覚など現実検討の破綻が明確に起こる場合に,臨床的にこのように表現することがあります。
つまり,精神病的症状が主で(病態としては精神病水準にある),基盤にヒステリー構造的傾向があることを示します。

違いを表にするとこんな感じです。

用語自我の統合防衛様式症状の程度
ヒステリー的境界例基本的には神経症的自我統合抑圧中心だが原始的防衛が時折出るヒステリー的症状が主体
ヒステリー的精神病自我統合が大きく揺らぐ原始的防衛が支配的幻覚・妄想など精神病症状が出現

おさらい

🌿フロイトの「神経症」

症候群の臨床分類(不安神経症・神経衰弱,ヒステリー神経症・強迫性神経症(のちに恐怖症を追加)を指す。

🌿カーンバーグの病態水準の「神経症水準」

自我構造のレベルを示す(現実検討は保たれており,防衛は主に抑圧)

🌿現代臨床における「神経症」

精神病とは異なる,不安や葛藤に基づく,つまり心因的で葛藤に由来する症状群の包括的呼称。
ただし,現在,不安神経症や強迫神経症と呼ばれていたものはDSMにおいては「不安障害」「強迫症」とされ,「神経症」という診断名はなくなりました。

おまけ:精神分析における「精神病(Psychose)」

「精神病」は,神経症のように「無意識的葛藤が抑圧されて症状になる」レベルを超えて,現実検討が破綻してしまう病態を指します。

典型例

  統合失調症や躁うつ病(双極性障害)

特徴
  • 妄想や幻覚が出現し,現実と空想の区別がつきにくくなる
  • 自我の統合が大きく揺らぎ,思考・感情・行動にまとまりがなくなる
  • 防衛は「抑圧」ではなく,「否認」「投影同一視」「分裂」といった原始的防衛が中心になる

参考文献

  1. フロイト, S. (1895). 『ヒステリー研究』(金関猛訳). 人文書院. ↩︎
  2. フロイト, S. (1900). 『夢判断』(高橋義孝訳). 新潮社. ↩︎
  3. フロイト, S. (1905). 『性理論三篇』(懸田克躬訳). 人文書院. ↩︎
  4. フロイト, S. (1916-1917). 『精神分析入門』(安田一郎訳). 新潮社 ↩︎
  5. Kernberg, O. F. (1975). Borderline Conditions and Pathological Narcissism. New York: Jason Aronson. ↩︎