心理療法で「悪化した」「かえってつらくなった」と感じるとき ― ― カウンセリングがつらくなる理由
心理療法を始めてしばらく経つと,「以前より辛くなった気がする」と感じる方がおられます。
心理療法に来る前は何とかやり過ごせていたのに,今は感情が不安定になった。
眠れなくなった。人間関係でトラブルが増えた――このようなことが起きると,「心理療法は逆効果だったのでは?」と不安になるかもしれません。
しかし,多くの場合,これは悪化ではありません。むしろ,変化が始まっている証なのです。
今回は,心理療法における一時的な混乱について考えてみたいと思います。
「悪化した?」と不安になる変化
心理療法を始めてから起こりうる変化があります。
- 感情が不安定になる。
- 些細なことで涙が出る。
- 怒りが抑えられなくなる。
- 以前は平気だったことに,強く反応するようになる。
- 過去の記憶が蘇る。
- 忘れていたはずの出来事を思い出す。
- 子ども時代の感情が戻ってくる。
- 夢を頻繁に見るようになる。
- 人間関係で問題が表面化する。
- 今まで我慢していたことが我慢できなくなる。
- 周囲との摩擦が増える。距離を置きたい人が明確になる。
これらは一見,状態が悪くなったように見えます。しかし実際には,心の中で重要なプロセスが始まっているのです。
麻痺が解けるプロセス
感情が不安定になることは,必ずしも悪いことではありません。
多くの人は,辛い状況に適応するために,感情を麻痺させています。
感じすぎると生きていけないから,感じないようにする。この麻痺は,一時的な対処法としては有効です。
しかし心理療法では,安全な環境の中で,この麻痺が徐々に解けていきます。
感じられるようになる。これは回復の始まりです。
凍っていた感情が溶け始めると,一時的に混乱します。しかしこの混乱こそが,本当の変化への入り口なのです。
変化の前の混乱
心理療法を通して,抑圧していた記憶や感情が意識に上がってきます。これは自然なプロセスです。
心の準備ができたとき,つまり,それを扱える力がついてきたときに,抑圧されていたものが浮上します。
記憶が蘇ることは辛い体験です。しかし同時に,それは心が「今なら向き合える」と判断したということでもあります。セラピストとの安定した関係があるからこそ,心は危険を冒して,抑圧していたものを意識に上げることができるのです。
精神分析家ビオンは,「破局的変化」という概念を提示しました。
これは,心の構造が根本的に変わるときに起こる体験を指します。古い理解の仕方,古い自己のイメージ,古い関係の持ち方が崩れ落ちる。そして新しいものがまだ確立していない。
この過渡期は,まさに破局のように感じられます。すべてが崩れ,自分が誰だかわからなくなり,激しい不安に襲われる
しかしビオンは,この破局的な体験こそが,真の変化には不可欠だと考えました。
古い構造が完全に崩れなければ,本当に新しいものは生まれない。
表面的な調整ではなく,根本的な変化が起こるためには,この混沌を通過する必要があるのです。
心理療法における一時的な「悪化」も,この破局的変化のプロセスの一部かもしれません。
古いパターンが崩れ,新しい在り方がまだ見えない。この耐え難い混沌を,セラピストとともに抱えることで,より成熟した心の構造が生まれていきます。
この時期をどう過ごすか
一時的に辛くなる時期を,どう過ごせばよいのでしょうか。
まず,セラピストに正直に伝えてみてください。
「辛くなった」「悪化した気がする」という感覚を,そのまま話してください。
心の在り方についてちゃんと学んだセラピストであれば,それを嫌がるセラピストはいません。セラピストは,あなたと一緒インそれが変化のプロセスなのか,本当に問題があるのかを,一緒に見極めてくれます。
急いで答えを出さないことも大事です。混乱している時期に重要な決断をする必要はありません。
「心理療法をやめるべきか」という判断も,少し待ってください。
混乱を乗り越えてこそ,あなたの望む変化が待っています。
混乱の時期は,混乱を抱える練習をしている途中だと考えてみてください。
すぐに解決しようとせず,わからないまま,不安なまま,少しの間そこにいる。この体験そのものが,成長につながります。
さいごに
心理療法を始めて一時的に辛くなることは,多くの場合,悪化ではなく変化の始まりです。
麻痺が解け,抑圧していたものが意識に上り,古いパターンが崩れる。
この混沌とした時期を通過することで,より健全な在り方へと変化していきます。
辛い時期こそ,セラピストに正直に伝え,混乱を抱える練習をする機会なのです。


