柚木麻子著『Butter』から考える①|食べることと愛されること

柚木麻子さんの小説『BUTTER』を読みました。この作品は2009年に発覚した首都圏連続不審死事件で死刑判決となった木嶋佳苗をモチーフに,連続殺人の被告とされている女性(梶井真奈子)と,彼女を取材する週刊誌記者(町田里佳)の関わりを描いた小説です。事件の被告となっていた「カジマナ」は手料理で中高年男性を魅了し,財産を奪い,殺害した容疑がかかっていました。カジマナは「あれを食べてみて」,「これを食べてみて」とリクエストすることで,里佳との間に奇妙な関係を築いていきます。
今回は,この作品から考えた,食べることと心の飢えの関係について書いてみたいと思います。

食べることは最初の愛される体験

精神分析の創始者フロイトは,人間の心理発達を説明する中で「口唇期」という概念を提唱しました。
生まれたばかりの赤ちゃんにとって,口は世界と出会う最初の場所です。
母親の乳房から授乳されることは,単に栄養を得るだけではありません。
それは同時に,温もり安心感,「自分は大切にされている」という感覚を得る体験でもあります。

赤ちゃんは母親に抱かれ,適切なタイミングでミルクをもらい,満足して眠ります。
この体験を通じて,「世界は基本的に安全だ」「自分の欲求は満たされる」「自分は価値ある人間だ」という,世界と自分に対する基本的信頼感を育んでいきます。これは発達心理学者エリクソンが提唱した概念です。

つまり,私たちにとって「食べること」は,生命維持のためだけの行為ではありません。
それは最初の「愛される体験」と深く結びついています。

だからこそ,大人になっても,心が満たされないとき,私たちは食べ物に手を伸ばしてしまいます。
また,寂しいとき,不安なとき,イライラするとき,食べることで一時的に心が落ち着くのは,乳児期の満足感の記憶が無意識に蘇るからかもしれません。

バターという象徴――即座の満足と長期的な代償

バターは魔法のような食材です。トーストに塗れば香ばしさが増し,料理に加えればコクが生まれます。なんでもバターさえ入れておけば(?),即座に,確実に,おいしくなります。
けれど毎日大量に摂取すれば,健康を害することも事実です。

この「今すぐおいしいけれど,続けると危険」という性質は,ある種の欲望の満たし方を象徴しています。心理療法の中で,「今この瞬間の満足」と「長期的な充足感」の違いについて考えることがあります。

衝動買いで得られる一時的な高揚感,誰かに強く依存することで感じる安心感,SNSでの承認を求め続けること――これらは即座に心を満たしてくれるかもしれません。けれど長期的には,自分自身の成長の停滞や関係性の歪みを生むこともあります。

どん欲に,貪るように欲求を満たそうとするとき――そこには,どれだけ食べても満たされない飢餓感が隠れていることがあります。精神分析家の創始者フロイトも,すぐ満足を得ようとする衝動を抑え,欲求不満に耐えることが心の発達に不可欠であることを述べています。

本当に必要なのは「もっとたくさん」ではなく,「足るを知る」という考え方,もしくは「違うやり方で」満たされることかもしれません。
でもその「違うやり方」は,即効性がなく,地味で,時間がかかり,特に現代ではあまり人気がないように思います。
精神分析的心理療法もその「違うやり方」のひとつです。

自分の飢えを知ること

心理臨床の仕事をしていて思うのは,多くの人が自分の「本当の飢え」に気づいていないということです。

「お腹が空いた」と思って食べ物を口にするけれど,実は寂しかっただけかもしれません。
「もっと認められたい」と思って頑張るけれど,実は休息が必要だったのかもしれません。

私たちは,自分の内側にある本当の欲求に気づかないまま,手近にあるもので満たそうとしてしまいます。
『BUTTER』の中で描かれる,満たされることのない飢餓感。それは,私たち自身の内側にもあります。

さいごに

大切なのは,自分の飢えを認めること。
「本当は何が欲しいのか」「何に飢えているのか」を,ゆっくり見つめること。
そして,即効性はないけれど,より持続可能なやり方で,それを満たしていく道を探すことです。

それは時に,とても地味で退屈な作業です。劇的な変化もなければ,すぐに満たされる感覚もありません。
でもその先に,「どれだけ食べても満たされない」という悪循環から抜け出す可能性があります。

BUTTER

次回は,『BUTTER』についてもうひとつ,「どん欲に生きる人への憧れと恐れ」について書いてみたいと思います。