柚木麻子著『BUTTER』から考える②|どん欲さへの憧れと恐れ
前回は,柚木麻子さんの小説『BUTTER』を題材に,食べることと心の飢えについて書きました。
今回はその続きとして,人が「どん欲に生きる人」に抱きがちで,ちょっと扱うのが厄介で複雑な感情について考えてみたいと思います。
抑制された自分と奔放な他者
多くの人は,自分の欲望を抑制して生きています。
「こうすべき」という規範を心の内に取り込んで,我慢や自制を重ねています
そんな自分の前に,欲望に忠実(素直)で,奔放で,どん欲に生きている人が現れたとき,私たちは強く反応します。
「あんな風に生きられたら」という憧れ。
「あんな風になってしまったら」という恐れ。
『BUTTER』の中で,梶井真奈子は自分の欲望を隠しません。
食べたいものを食べ,欲しいものを手に入れ,人を操ることを躊躇しません。
その生き方は,常識や道徳を超えています。だからこそ,危険であり,同時に眩しいのです。
好き勝手やっている人を見て,腹が立つのと同時に,羨ましく思うことはありませんか?
怒りの裏には,あんな風に自由に生きられたら…羨ましいという気持ちもあることが多いのです。
あなたは常に人のことを気にして生きているのに,相手はなんの我慢もしていないように見える。
その姿に,苛立ちと羨望が入り混じります。この反応の強さは,何を意味しているのでしょうか。
抑圧された欲望
私たちは皆,抑圧している欲望を持っています。
攻撃性,支配欲,承認欲求
――それらは「悪いもの」として,意識の奥底に押し込められています。けれど,それらは消えたわけではありません。
それらを体現している人を目の前にすると,私たちの内側で何かが揺さぶられます。
自分の中で抑え込んでいたものが刺激され,共鳴するのです。
『BUTTER』の中で,里佳が梶井真奈子に引き込まれていく過程は,まさにこのプロセスが描かれています。取材対象として距離を保とうとしながらも,彼女の奔放さに魅了されてしまいます。
それは,里佳自身の中にある「満たされたい」「認められたい」という欲求が,梶井の姿を見て揺さぶられたからではないでしょうか。
欲望とどう向き合うか
「欲望があること」ではありません。
承認されたい,愛されたい,特別でありたい
――そうした欲求は,誰もが持っている自然なものです。
「本当は,もっと認められたい」「本当は,自由に生きたい」
――そうした正直な気持ちを,「なかったこと」にせず,まず自分自身に対して認めることが第一歩です。
その上で,その欲望を「どう満たすか」を考えてみることが大事です。
前回書いたように,即座の満足を求め続けることは,長期的には自分を壊していきます。
でも,欲望そのものを否定する必要はありません。
より持続可能な,健全なやり方で,それを満たしていく道があるはずです。
例えば,承認をSNSで求めるのではなく,信頼できる人との関係を深めていく。
自由を求めて衝動的に環境を変えるのではなく,今いる場所で少しずつ,ゆっくりと自分の裁量を増やしていく――そんな選択もあります。
おわりに
「どん欲に生きる人」に憧れたり,嫌悪したりするとき
――それは,自分自身の欲望と向き合うチャンスでもあります。
「なぜ,あの人にこんなに反応するのか」
――その問いの先に,自分が本当に求めているものが見えてきます。
自分の欲望を認めること。そして,それを健全に満たしていく道を探すこと。
それは簡単ではありませんが,自分自身をより深く理解していくプロセスなのだと思います。


