マインドフルネスとNegative Capability,そして「新しい生活様式」

マインドフルネスとNegative Capability

マインドフルネスと「Oになること」について考えていたら,「Negative Capability」についても考えてみたくなった。これはBionが提唱した概念で,負の能力と訳される。「知らないことに耐える能力」であり,「真実や道理を得ようといらだってあがくことがまったくなく,不確実,神秘さ,疑惑の中にいることができる能力」である。まさに,ただただ観察する,判断せず,評価せず,処理しようとせず,ありのままに…のマインドフルネスな状況を達するために必要な能力と言えそうである。

「記憶なく,欲望なく,理解なく」

人は白黒つけたくなるし,判断したくなるし,評価したくなるし,どうにかしたくなる。しかし,Bionは精神分析においては,それを控えることが肝要だと言う。つまり,分析において,セラピストは,「記憶なく,欲望なく,理解なく」なのである。記憶は,不確実さ,神秘,疑いが突出することへの恐怖の表れであり,意識的・意図的想起に繋がり(「精神分析体験——ビオンの宇宙」松木邦裕),患者の「ありのまま」に耳を傾けることからは離れてしまうだろう。欲望を持てば,誘導をしたくなるかもしれないし,理解したと思えば当てはめになる恐れがある。
マインドフルネスも「Oになること」にも,意図や思いは邪魔になる。つまり,マインドフルネスや「Oになること」には,以前も引用した「人間,何かに悩んだ時,じっと水を見つめればよい,水とわが身が溶け合った時,人間は悩みから解放される」(同上)という件のように,我をなくし,一体化することが必要なのだろう。

諸行無常,そして「新しい生活様式」

実は私は,Negative Capabilityを良く訳される「負の能力」ではなく,「不確実性への耐性」と頭の中で変換していた。不確実性はuncertainity,先の見えない不安だらけの状況にどれだけ耐えられるか,それが人間には求められているのだと。こんな生活がいつまで続くのだろうかと思うコロナの時代にあって,それを思うことは一層増えた。そしていま,「新しい生活様式」が叫ばれている。そう,いま,私たちは「不確実な未来」に耐え,「新しい生活様式」への変化に対応しなければならない。そんな折に,諸行無常の「無常」の訳はuncertainityだと知った。変わらないものなど何もない。それに耐えること,そこにただただ「ある」こと,いま,それがなお一層強く求められているように思う。