情報環境の変化と価値観の多様性
今回は『PRIZE』村山由佳著,『方舟を燃やす』角田光代著,『YABUNONAKA』金原ひとみ著,『世界99』村田沙耶香著ーーを少し前に立て続けに読みました。それぞれに興味深い作品だったのですが,似たような登場人物,自分の正義に突き進む人たちが出てきたので,それについて考えたことを少し書いてみようと思います。
小説に見る,それぞれの正義
最近,自分の正義を信じて進む,イタい人たちが登場する物語を立て続けに読んだ。
『PRIZE』の編集者・緒沢千紘,『方舟を燃やす』の望月不二子,『YABUNONAKA』の長岡友梨奈,『世界99』の白藤さん。
それぞれが迷わず,自分の信じた世界を歩んでいる。これらの中でも,特に望月不二子や長岡友梨奈は,周囲の人たちにも同じ価値観と行動を強く求める。
しかし,今回はたまたまここに挙げた登場人物は,みな女性だったけれど,彼女たち一人ひとりの正義は,どうも周囲とはかなり異なる。私自身,読んでいても息苦しく,彼女たちはこれほどに独特な価値観を持ちながら生きていることに違和感はないのだろうか,とついていくのがつらい正義もあった。
ただ,多様性が尊ばれる今だからこそ,何が正しいのかはより見えにくくなっているいま,彼女たちの正義が間違っていると断定はできない。
アルゴリズムが作る,分断された情報世界
この現象はフィクションの中だけの話ではない。
私のスマホに表示されるYouTubeのおすすめ動画は,きっと隣の人におすすめされる動画とはまったく違うだろう。つまり,私の常識はあなたの常識とはかなり違っているはずだ。
インターネットが広がり始めた頃は「誰でも同じ情報にアクセスできる時代」が来たと言われたのに,
今ではアルゴリズムがそれぞれに最適化した情報を届ける。しかしながら,そうした便利さと引き換えに,価値観や「正義」の基準は少しずつバラバラになっている。
消えつつある「みんなが知っている話題」
私が子どもの頃は,みんなが同じテレビ番組を観て,翌日その話題で盛り上がることができた。もちろん,番組を観ていない人にはつらい時間でもあっただろう。
それでも,同じものを観ておけば共通の話題が生まれた。あの頃は,「みんなが知っているもの」が確かに存在し,それを土台に会話が成り立っていた。しかし,今は,誰もが知っているコンテンツはかなり減っているのではないだろうか。世代が違えば,関心が違えば,SNSでも同じコンテンツがおススメされてくることはないのだろう。つまり,あるコミュニティで盛り上がっている出来事が,別のコミュニティではまったく共有されない。
そして,共通の話題が減れば,共通の前提も薄れ,相手の「正義」や考え方を理解するための足場そのものが崩れやすくなる。
終わりに
情報環境の変化によって,私たちは以前より自由に,そして多様に,自分の「正義」を選べるようになった。
しかしその自由さは同時に,「自分と異なる正義」を想像し,受け止める難しさを増大させている。
かつて,みんなで同じものを見て笑ったり驚いたりした経験が,思った以上に私たちの共通理解を支えていたのだが,この共通基盤を持たない私たちが,どんなふうにコミュニティーの中で,どうやって生き延びていくのか。・・・そんなことを考えた。
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