人の話を聞いて,なぜこんなに疲れてしまうのか――ビオンの思考の理論と「自他の境界」から考える

 

人の話を聞いていただけなのに,終わったあと,ぐったりと疲れてしまった。
聞いていた自分の方が,暗い気持ちになってしまった――。そんな体験,ありませんか?

「この人と話すと,いつもなんとなく疲れるな…」と感じる相手っていませんか?
今回は,「人の話を聞くことの疲労感」について,精神分析家ビオンの「思考の理論」と「自他の境界」という視点から,少し深く考えてみましょう。

話すこと ≠ 思考すること🧠

人の話を聞いて疲れる――その「疲れ」の正体は,相手の「思考されていないもの」を受け取ってしまっているからかもしれません。

精神分析家のウィルフレッド・ビオンは,「思考すること」そのものを深く探究した人物です。
彼は,まだ意味づけされていない感情や体験を「ベータ要素」,それを内面で整理し,思考として扱えるようにする力を「アルファ機能」と呼びました。(ベータ要素とアルファ要素についてはこちらの記事をどうぞ)

つまり,言葉が発せられていても,それが「整理された思考」になっているとは限らないということ。
ときには本人ですらどう感じているのかわからないまま,「吐き出す」「投げつける」ように語られる言葉もあります。

言葉に見えても,思考されていない「ベータ要素」の例🌀

たとえば,次のような言葉は,「ベータ要素」がそのまま言葉になっている可能性があります:

  • 混乱したままの不安や怒り💢
  • 自分でも整理できていない過去の経験
  • 相手にぶつけたいけれど説明できない感情

これらは「言葉」にはなっていても,「思考」にはなっていない。そのようなベータ要素を受け止めると,聞き手の心には,処理しきれない混乱や疲れが残るのです。

ベータ要素がもたらす「聞く側の疲れ」とは?🤯

ビオンは,母子関係をモデルに「アルファ機能」のはたらきを説明しました。

赤ちゃんが感じた混乱や不快感(=ベータ要素)を,母親が受け取り,やわらげ,赤ちゃんに返してあげる。
そうすることで赤ちゃんは,自分の体験を「思考」として処理できるようになります。

私たち大人も,日常のなかで無意識に,相手の混乱を受け取り,なんとか理解しようとする「母親役」をしていることがあります。
でも,自分にアルファ機能を働かせる余裕がないとき,その未処理のベータ要素はただただ「重たいもの」として残り,心をすり減らしてしまいます。

「ベータ要素っぽい言葉」に気づくためのヒント🔍

ベータ要素は,日常会話のなかにも紛れ込んでいます。

  • テンション高く話しているのに,どこか話の芯がないとき
    → 不安を紛らわせるためだけに話しているのかもしれません
  • 自慢話や武勇伝を延々と聞かされるとき
    → 承認欲求や不安が整理されないまま投げ出されている場合も
  • 何が言いたいのかわからない相談
    → 本人の中で状況や気持ちがまとまっていない可能性があります
  • 明るい雑談のようで,なぜか疲れるとき
    → 未消化の感情が言葉の背後ににじみ出ているのかもしれません

疲れを強める「無意識の思い込み」⚠️

疲れの原因はベータ要素だけではありません。
「聞くこと」にまつわる無意識の思い込みも,心を消耗させていることがあります。

✅ 相手の“裏”を読まなきゃ…🕵️‍♀️

「この人,本当は違うことを思ってるかも」
「地雷を踏まないようにしなきゃ」
相手の裏を探ろうとし続けると,言葉の内容以上に神経を使ってしまいます。

✅ 意見は一致していなきゃいけない🧍‍♀️

「同じ考えじゃないといけない」
「わかってあげられない私は冷たい?」
でも,違いがあるのは自然なこと。その違いを“いけないこと”と感じてしまうと,心の自由が奪われてしまいます。

✅ 相手の機嫌は自分の責任?🧳

「この人,機嫌悪そう。何かまずいこと言ったかな…」
「空気を壊しちゃダメだ…」
相手の感情まで自分で引き受けてしまうと,それはもう「聞く」ではなく,「背負う」になってしまいます。

「聞く力」は,自分の心を守る力とセットで育てられる🛡

話を「聞く」ことは,単に耳を傾けることではありません。
未整理の思いを受け取ったり,無意識の期待を引き受けたり,不要な責任を背負いこむこともあります。

だからこそ,聞くには,自分の心の余裕と「健全な自他の境界」が必要になります。
相手の話をちゃんと受け止めるには,まず自分の心のスペースを確保することが大切です。

最後に ――「聞くのがつらい」は,自分を守るサインかもしれません

「聞くのがつらい」と感じたとき,それはあなたが未熟だからでも,優しくないからでもありません。
それは,「もう今の自分には受け止めきれない」という,心からの大切なサインです。

無理に受け取ろうとせず,いったん距離をとること。
それは「聞くことを手放す」のではなく,「自分を取り戻すためのプロセス」なのです。

疲れやすさには理由があります。それを理解することが,あなたの「聞く力」を守り,育てる第一歩になるかもしれません。